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夫婦での世界旅行から帰国しました♪
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空を見上げて
2010年05月28日 (金) 05:14 | 編集
今、27日、午後10時過ぎです。

今回はちょっと長いです。
時間のない方、時間あるときに読んでください!


書こうか悩んだけど、やっぱり

いろいろ伝えたいから。


時間は少しさかのぼりますが、行って来た!!

アウシュビッツ収容所。

(アウシュビッツって言うのは、ドイツ人が呼んでいた名前で、
現地ではオシフィエンチム。正式には「オシフィエンチム博物館」
5月から10月は、観光客が多いため、ツアーに参加し、3~4時間かけて周る。)


負の世界遺産に登録されています。

負の遺産って、違和感があって、なぜ、世界遺産なのか、よくわからなかった。


その場所は、
人間の功績でもなく、偉大さをたたえるものでもなく、感動もなかった。

あったのは、たくさんの人々が残した絶望の跡。犯罪の証拠。


知ってはいたけど、そこは実際に存在していて…、

…実際に存在していた。


そこは、

第二次世界大戦中、ナチス・ドイツ軍が作った、強制収容所。大規模殺人工場。

ドイツが、支配下にあるポーランドの政治犯を収容するために、造ったもの。

次第に拡大し、ユダヤ人、ジプシー、たくさんの人が送り込まれた場所。


160万人もの人が犠牲になった場所。

入り口にある、働けば自由になる と書かれた文字。

働けば自由になる

どんな気持ちでこの門をくぐっていたのだろう。
想像もできない。
ただ見上げるだけだったナ。

囚人が収容されていたバラック。
バラック

今は博物館になっているので、見学できます。


何も知らされずに、移住すると思ってきたのでしょう。

たくさんのかわいい靴やヒール。

スーツケースに、くし。圧倒されるほどの量が、展示されていました。



二重の有刺鉄線。
有刺鉄線

アウシュビッツから3キロほど離れた場所にある、ビルケナウ収容所。(現地ではブジェジンカ)
アウシュビッツより大きく、300ものバラックがある。
ビルケナウ

めちゃくちゃ広い。(175ha)
なんかこっちのほうが印象的だった。

ドイツ軍がここから撤退するとき、証拠隠滅に火をつけたため、レンガの煙突だけが残っている。

ガス室跡。シャワー室に似せて作ってある。同じくドイツ人が壊していった。
ここには5つのガス室があった。
ガス室跡

先のない鉄道。これで人々が送り込まれた。
ここが終着点。

死の門から続く鉄道線

驚くのは、この残虐なできごとからまだ65年しか経っていないということ。



灰になった、160万人の

犠牲者の、歴史があって今があるんだ。


そして今の私たちには、彼らにはなかった自由がある。


私たちは幸せっていうこと。


そして彼らの生き様を忘れてはならないと、



空を見上げて思った。









明日はチェコの見所を伝えます!!
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コメント
この記事へのコメント
おはよう

私たちもアウシュヴィッツ歩き方読んで、ブログ書いてこんね書けんのやらと話してたんや。ありがとう書いてくれて。
大きな勉強したね。

2010/05/28(金) 09:15 | URL | toshi&rei #-[編集]
自由だー
消防も終わり自由だー。

すっごい人生経験値あげとるね!
コウジさんの気をスカウターで読み取って瞬間移動したい。。。
ヨーロッパ&北欧に魅力を感じまくりです!
2010/05/28(金) 12:02 | URL | #-[編集]
エミの返事
toshi&rei >
そうそうなかなか無い経験ができました。コメントありがと!
yo-suke?>
消防お疲れさん!!
頑張ったね!コージはこっちに来てまで毎週日曜日のドラゴンボール改をyoutubeで欠かさず見てるわ。気を感じて来い~!
2010/05/29(土) 05:13 | URL | emi #-[編集]
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